詩集『星の火事』から



 詩集『星の火事』は1979年2月15日、著者31歳
 の頃に版木舎から刊行しました。結婚し、子供が産
 まれた り,親父が亡くなったりした頃で人生観も大き
 く変わったように思います。詩を書く仲間ができたの
 もこのころからです。幸運なことに壺井繁治賞もいた
 だきました。少しずつ、詩集から作品をアップしたい
 と思っています。
星の火事写真

カバー装画 百瀬邦孝

                    
 安物の磁石

ひん曲がった釘や
赤錆びてしまった機械の小片
そんなものを引き寄せては貧しく装っている
磁石の鈍重さがなぜか私は好きだった
時には姿をかえて鋭利な針のかたちで
永遠を指さすように
ひとつの方角に憧れたりもしたが
どこまでも広げたその両手は
愛するものをかき抱くことすらできなかったにちがいない
(ふたに小さな針のついた水筒をもっている子供たちが
遠足のときにはうらやましかったが…)

時計のそばに磁石を置いてはいけない
狂ってしまう
と言われることがよくあった
遠くを見つめるばかりでどこにも行けない磁石は
見知らぬところへ行こうとする寂しい顔をした時間を
ひきとめなかったのだろうか

地球も大きな磁石だと誰かにきいた
山々の奥深く眠る鉱脈にも磁気が生まれるという
はげしい磁気あらしが起これば
空にオーロラがかかるのだとも教えられた
けれど私が手にできたのは
おもちゃ屋兼駄菓子屋の店先で売っていた
一番安い馬蹄型の磁石だけだった
それを持って公園の砂場へ行っては
何の役にも立たない砂鉄をビンいっぱいにためたりしたが…

うす暗い喫茶店の椅子の上で
折れ曲がった釘のようにコーヒーを飲みながら
私はぼんやりそんなことを考えていた
一番安物の磁石の中にも宿っていた方位を
必死に思いだそうとしているのだ
 
 

いい考え

失業 とはこういうことであるのか
忘れていたものを急に思い出した
僕は哲学者に逆もどり
連帯を求めて山之口貘など読んではいるものの
貘さんはまた古本屋行きだろうか
パチンコ屋に首をつっこむと不思議になつかしい
今まで気が付かなかった匂いがしてくるし
どれがパチプロかすぐに見分けられる
ああ この人たちは今日も働いているのだ
僕なんかとは生きる態度が違う

昔、ある友達が哲学的に浮浪者になりたがったが
二日続けて入らないと耐えられないので断念した
その点おまえは資質にめぐまれていると
しきりにうらやましがっていたのを思い出した
その話を聞いて 哲学って不潔ね と彼女が言ったから
詩だって不潔だと応えたらなぜか納得した

とにかく今は自由というドブ板の上にいて
空は晴れ渡っている
そして妙になにもかもが大切に思えてくる
一冊の本にもいとおしさを感じて
ぼくの持ち物などになってしまって と思う
レコードなど金目のものはもうすでに身の危険を感じているようだ

彼女がやってくるといつもぼくが楽しそうにしているので
わたしも一緒に失業しようかな などと言う
それはいい考えだと落ちつきはらって賛成したものの
彼女もかなり哲学的になってしまったなあ
と複雑な心境のきょうこのごろだ
ままよ
結婚申し込みは一週間だけ延期しよう
 
 

五月の小さなかけら

     -生まれたばかりの長女 佐希へ

    いつもなにかに ぼくは
   みとれながら生きてきた
   つぎからつぎへとたくさんのものに

貧しいぼくのこころの広場には
いつもチンドン屋が歩きまわっていて
きまって華やかな音楽が流れていた。
幾人もの少女が何も言わずに
心のふちをひっそりとよぎっていったし
ちぐはぐな希望もにぎやかに通りすぎた ぼくのひとりごとの中を
どさくさにまぎれて不良少年の友だちもたくさんやってきた

   けれど みとれることだけ得意だったぼくは
   それらをただ黙ってやりすごすことしかできなかった
   落書きのように壁に寄りかかって

 だから
そうやってぼくがみとれたすべてのものが
おまえになって生まれてきてしまった
この世でいちばん小さなかけら
広い五月の奧ふかくからやってきた佐希よ
ぼくはおまえにばかりみとれてしまう
おまえが学ぶまえから知っているのは
自分だけをみとれさせるしぐさだ
そうでないと大きくなれません と
どこからもってきたのか涙まで流して
おまえはすぐに泣きはじめる

けれど佐希よ 見とれる番になるのはすぐ先のこと
自分の足で歩けるようになったら
おまえだってきっと
何回もビラをもらいに
チンドン屋についていってしまうにちがいないよ

貧しい奴はいつまでもまずしいし
みにくい者は美しくなんかなれないさ
と鏡が言った
内向的な鏡だったから
見えるもの全部を自分の中にいれてしまって
それを悲しく呪ってみせた
だからその娘は美しくなれなかったし
その家は娘にふさわしく薄汚れていた

貧乏人なんかだいっきらい
と娘はいつも思っていた
けれどもっときらいのなのはお金持ち
そうして彼女はいつも夢を見ていた
お金が
あり余りもしないし足りないこともない人のところに
お嫁に行くことを

諦めのように透きとおった鏡の中で
娘は笑ったことがない
もうひとりの私がじっと
自分をみつめているからよ
と彼女はいつも呟いた
むこうの人が笑えばきっと私も笑うんだわ

少年たちの目に娘は誰よりも笑うのがじょうずに見えたのに
考えこんだ姿勢のままで
娘は大きくなった
そしてある日
貧しいものはいつまでたったって…
と言っている鏡みたいな男に出合った
いつも腹をすかしいつも怒った顔つきの男に
娘がその顔をのぞき込むと
すこし明るい表情になる
それでしょっちゅうのぞきこんでいたが
娘はいつのまにか鏡のむこうへ行って笑っていた
貧しい風景のように男は遅れて笑うようになった
鏡はいったい何の境界線だったのだろう
と娘は今でも時々考え深げに思い返す
理想的にお金を持たない人のところへ
お嫁にきたけれど
 
 

トップページへ戻る


 

inserted by FC2 system