詩集『空もまたひとつの部屋』から


 詩集『空もまたひとつの部屋』は1975年3月10日
青磁社から発行した、著者26歳の頃の作品集です。
中学、高校、大学時代の作品を集めたもので、懐か
しさはあるものの、多くをここに紹介する気持はありま
せん。雑誌や、詩のコンクールに投稿し、賞を頂いた
ものも幾つかありますが、幼さが目立つので、恥ずか
しさが薄れたら、おいおいアップしようと思います。

カバー装画 百瀬邦孝
 

  曇った文明の一部屋で


ぼくの手が長く伸びていって
見たことのない星をグッと捕らえた
と見ると手はなだらかな灰色の坂になってしまった
僕はいつものぼんやりした義務感に強いられて登り始めた
坂の中頃で僕は降りてくるあなたに出会った
坂の上には何があると訊くと
あなたは一言”星”と言って静かに笑った
死の潜んでいない笑いを僕はそこで初めて見た
長い坂を降りてゆくあなたのあとを
僕は何通もの手紙に追いかけさせた
けれどそれらは途中でみな蒸発してしまうのだった
あなたはそのことを知らずに
音楽で霞む地平線にうずもれていく
僕は叫んだ 狂犬のように
そして力尽きてしばらく遠方の広がりを眺めていた
すると叫びがまっ白になって帰って来た
もはや僕のものではなくなった叫びの光は
あかあかと僕の行程を照らし出す
突然 僕は星の冷たさに手を離してしまった
僕はまっさかさまに墜ちて行った
星から遠ざかるにつれて
”星”というあなたの一言が心の中に広がってきた
僕が思わず顔をそむけると
世界ははっとするような
曇った文明の一部屋への変貌を遂げていた 


 ある山賊の話

私はうっそうと茂った文明という森に住む
ひとりの山賊でありました
ある時、都に出ていって
一人の少女をさらってきてしまいました
それは お姫様と呼ばれている、美しい少女でしたが
私は 自分の馬に一緒にのせて はやてのように
自分の森の奥の城へ連れて来たのです  
 

自分の城では 私は何でも自分の思いどおりにできるはずなのに
その少女がいると
私は窮屈で仕方がありません
”俺は親分なのだから・・・・”と言っても
少女が時々笑ったりすると
私は何をしてよいのか、わからず
ウロウロと自分の家来を捜しまわるばかりです
そういえば 私には一人の家来も居なかったのです
寂しい首領ではありました
 

少女はたいして騒ぎもせず
静かに わけのわからぬ山賊の話に耳を傾けたり
小さな窓の外を眺めたりしています
さらわれて来ていることも忘れて
城の中のさまざまなものにあれこれ言っています
でも決して山賊である私が、がっかりするようなことは口にしません
それが時には私にとって かなしいことでもあったのですが
 

少女は眠くなったの、と言いました。
でも その目は都に帰りたいと言っています
私は 心の中では
”さらって来たのだから、かえしてなんかやらないんだ”
と思うのですが、口に出しては
”俺の馬で都に連れて帰ってやろう”
と言ってしまいます
少女は ちいさく目の中ではしゃぎ
”やさしい山賊さん”と言いました
昔から山賊は嫌われものだったのに
やさしい、などと言われて私はどぎまぎしてしまいます
 

少女が 歩いて行きたいの、というので
(本当は馬に乗るのがこわいのです、その少女は)
私は馬に乗って後ろからカッポ、カッポとついて行きました
少女は二度と私の城へは来ないかもしれません
少女は山賊というものが好きではないのです
それに私は、都の人と うまく話ができないのです
山賊の首領なのに私は
都の灯が見え始めると
少女へのやさしい気持ちが幾度も湧き上がってきて
知らない間に涙ぐんでしまうのでした
 

森と都とのちょうど境に立って
私とお姫様は
--都では少女のことをそう呼ばなくてはいけないのです--
別れのための小さな儀式を行います
そして最後に”さよなら”と言いました
これで二人とも、もう相手のことは忘れてしまってよいのです
でも決して私は その少女のことを忘れはしないでしょう
私は 自分が独りぼっちであることにはじめて気付くほど
その少女を愛していたのです
 

少女の姿が見えなくなると 私も森の奥に帰ります
馬をガムシャラにとばして
そうです、私はあの気高い 山賊の首領だったのです
 

 

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